コラム
COLUMN in a monthly

ビジネスに活かす
メンタルトレーニング

本稿は自動車雑誌連載記事です。

第8回 大魔神の心

 抑えの切り札として、日本ばかりでなくメジャーでも大活躍し、2005年に惜しまれながら引退した「ハマの大魔神」こと佐々木主治投手がいます。私は94年と95年に横浜ベイスターズに呼ばれメンタルトレーニングの講演をしたり、選手たちの精神面のデータをとったりしたことがあります。しかし佐々木投手とは、それ以前から彼の高校時代の恩師である竹田利秋先生(当時東北高校、現国学院大学監督)を通じて何度か話をしたことがありました。

 今からもう20年近く前のことです。ある晩、私は竹田先生と一緒に横浜対巨人戦をテレビで見ていました。確か1対0でベイスターズがリードして迎えた9回裏に、佐々木投手がリリーフとして登板したのです。彼がグラウンドに現れ、マウンド方向へ歩いていく姿がテレビに映し出されるやいなや、竹田先生は「アッ、白石先生、まずいですよ。こいつ打たれますよ」と言われたのです。私はその言葉にびっくりして、「どうしてそんなことが分かるんですか」と聞き返しました。すると竹田先生は「だって先生がいつも言われているじゃないですか。歩く姿や立ち姿、表情やしぐさにその人の心の状態が見て取れるって。佐々木はですねえ、高校生のころから“やってやろう”というのがとても強い子で、闘志あふれるというのはいいことなんですけど、でも時々それが空回りすることがあるんですよ。ジャイアンツと1点差ですからねえ。何としても抑えてやろうというのは分かるんですけど、今日はちょっと硬いですよね」と言われたのです。
 結果は、フォアボールの直後にホームランを打たれ、無念のサヨナラ負け。竹田先生の心配はみごとに(?)的中してしまったのです。教え子の一挙手一投足のちょっとした違いも見逃さない名将の眼力に、私はすっかり感嘆したものでした。

 ところが、この話にはまだ続きがあります。なんとその直後に、佐々木投手本人から竹田先生に電話がかかってきたのです。彼が高校時代から現在に至るまでずっと竹田先生を尊敬し信頼し続けていることはよく知られていますから、こういうことはよくあるようでした。ひとしきり佐々木投手の話を聞いていた竹田先生は、電話口でこう説きました。
 「今日は、ちょうど白石先生と一緒にテレビを見ていたんだよ。それでお前がマウンドに向かう姿を見て、これは打たれるなと思ったんだ。白石先生は、よく人の心の内はしぐさや表情などに出ると言われるが、本当にその通りで、今日のお前には抑えてやろうという“気負い”が見えたね。あれじゃあ、いくら腕を振っているつもりでも、リキみがあるから実際には思ったほど振れていないんだよ。人間、すべてはまず足が地についていなければダメってことだよ。足がしっかり大地についてこそ、下がどっしり安定して腕が振れるってもんだ。そのためには、足の裏の感触をどんなときでも感じられるようでなくてはいけない。平常心でいるときには、だれだってどっしり大地を踏みしめているもんさ。だからどんなときでも、まずその感覚を確認するようにしたらどうだ」。
 私は竹田先生と佐々木投手のこうした電話での会話を傍で聞きながら、この師弟の深い信頼関係を感じずにはいられませんでした。

 翌日、同じジャイアンツ戦で、佐々木投手は再び9回にリリーフとして登板してきました。その日もたまたま私は、竹田先生とテレビで試合を見ていたのです。当然、私たちの関心は、佐々木投手がマウンドに上がっていく姿ということになります。それがテレビに映し出された瞬間、竹田先生は私の方を向かれて、「白石先生、今日は大丈夫だと思いますよ」と言われたのでした。名将の眼に狂いはなく、その日、佐々木投手は強打のジャイアンツ打線を簡単に三者凡退に切ってとり、前日のお返しを見事にやってのけたのでした。

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