コラム
COLUMN in a monthly

ビジネスに活かす
メンタルトレーニング

本稿は自動車雑誌連載記事です。

第11回 正しい立ち方、歩き方 その3

 明治29年、愛知県に生まれた森信三先生は、平成4年に97歳で永眠されるまでの長い一生のほとんどを、子どもたちの教育にささげられました。
 森先生は、子どもたちに次の3つのことをしっかりと教えれば、よい子が育つと常々言われておりました。その1つ目は、「挨拶」。2つ目は「返事」。そして3つ目は、「履き物をそろえる」です。「こんな簡単なことができないのか」と思われる方もいるかもしれませんが、今の日本でこうしたことをきちんとできる人がずいぶん減ってきているように感じるのは、私一人でしょうか。

 たとえば3つ目の「履き物をそろえる」ですが、昨年こんなことがありました。ある所へ講演に招かれ一泊した宿では、どのトイレにも次のようなパネルが2枚ずつ貼られていました。「このトイレはお客様一人ひとりのマナーにより美化が保たれています。ご協力ありがとうございます。*スリッパは、次の人のことを考えて前向きに脱ぎましょう。〈スリッパの乱れは心の乱れ〉」
 ところが残念なことに、どのトイレに行っても、スリッパは乱れに乱れていました。私が何度直しても、それが一昼夜変わることはなかったのです。
 この3つとは別に、森先生の有名な教育方法がもう1つあります。古来わが国では、「体は心をあらわす」という言葉が使われてきました。つまり体の姿勢を見れば、その人の心のありようが見て取れるという意味です。森先生はこうした考えから、子どものうちから日常的な立ち居振舞いのなかで、しっかりと腰骨を立てること、つまり背筋を伸ばすようにしつける大切さを説いたのです。

 私がプロゴルファーたちにメンタルトレーニングを指導するときも、まず第一に教えるのがこの背筋を伸ばした歩き方なのです。具体的には、前号でご紹介したように腰椎の三番を前に入れ、視線を水平よりやや上げて歩きます。
 なぜそんなことをさせるのでしょうか。実はこうした歩き方こそが、よいプレーをするために必要な集中力を持続させ、感情コントロールを容易にしてくれるからなのです。
 ここで理解しておいていただきたいのは、スポーツ選手の心が乱れるのは、実際にプレーしている時ではなく、むしろプレーとプレーの間にあるインターバルタイムだという点です。たとえば野球の選手が、ボールを投げたり打ったりしているその瞬間に突然心が乱れるということはありません。ところが、たった一球のストライク・ボールの判定によって突如冷静さを失い、怒ったり不安にかられたりするわけです。それもこれもすべては、判定が下った直後から次のボールが投げられるまでのインターバルタイムの中で生じる心の乱れというわけです。
 さて、ゴルフがメンタルなスポーツといわれるのは、ショットとショットの間のインターバルタイムが非常に長く不規則であり、しかもそれが全競技時間の98%を占めるからなのです。ゴルファーがその膨大なインターバルタイムのほとんどを歩いているということを考えれば、私がプロたちに腰骨を立てて歩くことを指導している理由も、もうおわかりいただけたのではないでしょうか。
 ゴルファーに限らず、人間だれしも調子が良いときには、胸を張って颯爽と歩くものです。しかし、ひとたび不調になると、頭は下がり背中は丸まってしまいます。そして歩く速度も格段に遅くなります。でも、それではいけません。ミスを連発して心が滅入ってしまうような時でも、いや、そういう時こそいっそう腰骨を立てて、スタスタと歩いていかなくてはならないのです。

 こうして周囲を見回すと、現代の子どもたちから大人に至るまで、その歩き方はなんとも不恰好でダラダラとしています。これでは、昔々せっかくサルから人間になれたのに、心身ともに再びサルへ退化していくのではないか、私にはそう思えてなりません。

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