コラム
COLUMN in a monthly

ビジネスに活かす
メンタルトレーニング

本稿は自動車雑誌連載記事です。

第12回 集中力 その1

 「集中力は、政治・戦争・ビジネス・スポーツなど、人間が行うすべての活動を成功に導く秘訣である」というのは、詩人エマーソンの言葉です。彼の言うように、スポーツでも仕事でも、うまくやるためには完全に集中することが必要です。
 アメリカ大リーグで2年連続MVPに輝いたこともある好打者デイル・マーフィーは、こう言っています。「ヒットが出ているときは、いろいろ考えすぎないことだ。誰だってなんでも計算どおりにいくものじゃないさ。スランプになるのは、たいていボール以外のことをあれこれ悩むからさ。うまく打てるときは何も考えてなんかいないよ。集中しようなんて考えて、集中できるだろうか。僕の場合は、努力して集中するというのではなくて、集中できてしまうと言ったほうが当たっている。まあ不思議な感じではあるんだけどね」。
 マーフィーが指摘した「不思議な感じ」、つまり集中することに集中しようとしても、うまくいくものではないという点はとても重要です。本当の意味での集中は、肩をいからせたり眉間にしわを寄せたりすることで生まれるのではありません。まるで鳥が大空を滑空しているような、もっと自然で伸びやかな状態なのだということをまず理解してください。

 以前も触れたように、静かに座っていても私たちの心の中にはさまざまな思いが浮かび上がってきます。そんな当たり前のことが、実はこの地球上にいる生物の中で人間だけだと言ったら、みなさんは驚かれるでしょう。
 動物と違って人間には、過去を振り返る能力があります。遠く過ぎ去ったことを思い出して悲しくなったり、嬉しくなったりします。また、未来に対しても、期待に胸をふくらませるかと思えば、逆に不安におびえたりすることもあります。
 つまり、「今」を生き続けていながら、過去にも未来にも心は飛んでいくことができるのです。これはとてもすばらしいことですが、同時に人間を複雑にしている根元でもあります。

 もう少しわかりやすい例で説明してみましょう。たとえば英語に助動詞というのがあります。食べるという動詞を使うとき、「私は食べる」というのは「I eat」です。それに助動詞をつけてみます。「私は食べることができる」というのは、「I can eat」。「食べなければならない、だから食べる」というのは、「I must eat」です。さらに、「I will(食べたい)」「May I(食べてもいいかな)」「Shall I(食べるべきかな)」というように、人間にはcan、must、will、may、shallといった五つの助動詞があります。
 ところが動物は、生きるために食べねばならないから食べるだけです。つまり、mustとcanという二つの助動詞しかありません。ですから、私たちがライオンの前を通り過ぎたとしても、彼(?)が満腹なら襲いかかられることなどありません。

 しかし人間の場合は、たとえばフランス料理のフルコースを食べて、もうお腹がパンパンになっていても、まだ食べたことのないデザートが出たりすると、これも食べてみようかということになります。逆にお腹がすいてたまらないのに、ダイエットのために食べるのを我慢している女性もたくさんいます。
 ハムレットの「なすべきか、なさざるべきか、それが問題だ」というのは、人間のこうした側面をみごとに言いあらわしていると思います。悩むというのは人間の特権ですが、勝負においては禁物です。ならばどうするか。試合のときには、動物になってしまえばよいのです。
 まじめで人間的にはすばらしいと思える選手が、あれこれ考えすぎてかえって悩みの泥沼にはまりこんで抜け出せないでいることがよくあります。私はそういう選手たちに、「勝負するときにはライオンやヒョウになれ」と言うことにしています。そして試合が終わったら、今度は人間に戻ってよく考え反省しようというわけです。

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