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ビジネスに活かす
メンタルトレーニング

本稿は自動車雑誌連載記事です。

第13回 集中力 その2         「ゾーンに入る」

 みなさんは、2001年12月に日本で行われたゴルフ・ワールドカップ最終日のことを覚えているでしょうか。タイガー・ウッズとデビッド・デュバルのコンビで世界最強といわれていたアメリカチームは、最終18番ホールを迎えて大ピンチに陥っていました。
 残り1ホールでトップと2打差、しかもグリーンをねらったデュバルの第2打は右にはずれ、第3打をタイガーが直接カップインしてイーグルをとらなければ、負けてしまうというところまで追い込まれていました。
 軽いスロープの上に切られたピンはグリーンエッジに近く、たとえタイガーでもこの状況でチップインイーグルをとるのは、まさに奇跡としかいいようのない難しい状況でした。しかし、澄み切った眼で入念にラインを読んだタイガーのショットは、グリーン手前でワンクッションした後、カップに向かっていき、吸い寄せられるように入ってしまったのです。
 ギャラリースタンドは興奮のるつぼと化し、解説の金井清一プロも「信じられない…」と言った後、絶句してしまいました。タイガーをはじめとする世界のスーパースターたちは、さまざまなスポーツでこうしたミラクルプレーを見せてくれます。そうした状態を彼らは、「ゾーン」と呼んでいます。

 最近では日本でも、こうした究極の集中状態でプレーすることを「ゾーンに入る」などと言うようになりましたが、そのきっかけは、ゴルフの全米チャンピオン(1981年)であるデビッド・グラハム著『ゴルフのメンタルトレーニング』を私が翻訳して大修館書店から出版したことにあります。
 グラハムはこの本の第4章を「ゾーンの威力 –不思議な心の状態-」と題し、自らの体験を次のように述べています。

 「私が優勝した1981年の全米オープンを、私のゴルフ人生でもっとも記憶に残った試合だろうと思っている人は多いようである。しかし厳密にはそうではない。確かにこの勝利は、それまでに獲得した数々のタイトルのなかでも、もっとも重要なものであったし、スリリングで賞金の高いものでもあったが、“もっとも記憶に残る”試合だったかというとそうではない。というのも、68のスコアでフィニッシュした6月のあの暖かい一日のことを、実はよく覚えていないのである。ラウンドを終えてまもなくしてから、私がどのグリーン上でもすばらしいパットを決め、ティーショットもわずか一度しかフェアウェイをはずさなかったというのを聞いて、自分でも驚いてしまった。その時の私には、どうしてそんなにうまくいったのか、本当にわからなかったのである。……中略
 後になって、あの日、私は“ゾーン”とか“バブル”とか呼ばれている状態に入っていたのだということに気がついた。この状態に入ると、あらゆることが夢見心地で静かに経過し、まるで催眠にかかったような感じになり、そのくせ心も体も完全にコントロールされているのである」

 このグラハムのいう「ゾーン状態」こそが、まさに精神集中の極みともいうべきものです。ひとたびこの状態に入ると、すべては無意識下で進行し、気づいたらすばらしい勝利をおさめていた事例が現実に数多く存在します。
 トリノオリンピックで金メダルを獲得した荒川静香選手は、まさにこの「ゾーン状態」で演技をしたと私は思っています。そのことは、荒川選手の「メダルなんて全然考えていませんでした。ただ自分のスケートをすることだけ意識していました」というコメントに、すべて集約されていると思います。
 このように「我」を忘れてプレーする状態を、わが国では古くから「無我」とか「無心」の境地と呼んできました。かつては武道や芸道を究めようとした多くの人々が、こうした境地を求めて坐禅修行に励みました。戦いに挑む多くの者が求めてやまなかった「無我」の境地とは、いったいどのようなものなのでしょうか。

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