コラム
COLUMN in a monthly

ビジネスに活かす
メンタルトレーニング

本稿は自動車雑誌連載記事です。

第15回 インナーゲーム

 たとえばゴルフでは、こんな指導がよく行われています。「テークバックは低くストレートに引いて、そこからクラブが飛球線と平行になるまでバックスイング。次に左へ体重移動しながらインサイドにクラブを引き下ろして、ヘッドアップに気をつけながらインパクト」。
 こうしたゴルフスイングの技術的ポイントは、もちろん誤りではありません。しかし、こんなにたくさんのチェックポイントをはたしていっぺんに意識できるでしょうか。

 1970年代のことですが、東洋の禅やヨーガにヒントを得たティモシー・ガルウェイは、精神集中を利用したスポーツ自然上達法、「インナーゲーム」の開発に成功します。たとえばテニスのフォアハンドストロークひとつとっても、従来の指導では先のゴルフと同じように、「ああしなさい、こうしなさい」が五つ六つ、そして同じくらいの「ああしてはいけない、こうしてはいけない」が浴びせかけられます。
 これに対してガルウェイは、ラケットの振り方などあれこれ意識せずに、ただボールのバウンドを「バウンス」、ラケットに当たる瞬間を「ヒット」と声に出すよう教えるだけで、驚くほど簡単に、すばらしいトップスピンのかかったボールが相手コートに飛んでいくというのです。こんなガルウェイの著作『インナーゲーム』が出版されてから38年になりますが、今でも世界各国で幅広い読者層に支持され続けています。
 たとえば、ゴルフ・ヨーロッパツアーで7年連続賞金王(1993~1999年)コリン・モンゴメリーのメンタルアドバイザーであるアラン・ファインは、その指導テクニックの多くを、アメリカまで出向きガルウェイから直接学びました。ファインは、そのきっかけになった出来事を次のように書いています。

 「テニスコーチという職業についた私は、9歳の女の子を6週間ほど教えていたことがある。最初は私とフォアとバックのラリーをやっても、決して6回以上続くことはなかった。
 オーソドックスな指導法では、彼女がなかなか上達しないと思った私は、ガルウェイのテクニックを試してみようと決意した。彼女に、ボールがコートにバウンドしたときに「バウンス」、ラケットに当たる瞬間に「ヒット」と毎回必ず言うことだけを指示した。結果は驚くばかりだった。なんと彼女はいきなり53回も連続してラリーを続けたのである。彼女はすっかり感激していたし、彼女の母親はほとんど椅子から転げ落ちんばかりに驚き、そして私はというと悲しさと怒りに震えていたのである。どうしてこんな劇的なことが起こったのか私には理解できなかったし、同時にそれまでに正しいと思って教えてきたことはいったい何だったのかという無力感が心の中にただよい、すっかり困惑してしまったのである。」(拙訳、『ゴルフ頭脳革命』、大修館書店)

 こうした指導法は、従来のスポーツ技術の指導からいえば、いささか乱暴なやり方のように思えるでしょうが、精神集中による学習効率の向上という点から見れば、これ以上合理的な方法はありません。つまり、かつて武士たちが参禅することによって得ようとした深い集中状態である「無我の境地」を、ボールの動きを注視し声に出す(視覚による注意集中)という簡単な行為によって実現してしまっているのです。
 ガルウェイの『インナーゲーム』シリーズは、その後も『インナーテニス』、『インナーゴルフ』、『インナースキー』と続き、さらに2000年以降も『新インナーテニス』、『新インナースキー』として改訂版が出されています。さらにはこうした考え方をビジネス場面に生かした『インナーワーク』という興味深い本も出版されています(いずれも日刊スポーツ出版)。ガルウェイが38年も前に説いた考え方は、いま流行のビジネスコーチングのルーツともいうべきものだと思います。
 「教え込む」指導から、「引き出す」指導へと転換をお考え方の方は、是非どれかをご一読ください。

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