コラム
EVENT REPORT

講演録
イベントレポート

第129回紀伊国屋サザンセミナー
会場:紀伊国屋サザンシアター

『夢をかなえるコツ』出版記念講演会 講演録 第一部(4/4)

タイムラインとは

今日もこの会場に、私がメンタルコーチをつとめたアトランタオリンピックやシドニーオリンピックの代表だった人たちも来ています。またプロ野球関係者もたくさん来ています。後半に登壇していただく下柳剛君も、そんな中の一人です。この25年間、私はそうした人たちの夢や目標をかなえるお手伝いをしてきたと思っています。

今回、出版した『夢をかなえるコツ』には、プロ野球の下柳剛君、田中賢介君、スピードスケート銀メダリストの田畑真紀さん、バスケットボールの萩原美樹子さんたちの実録メンタルトレーニングが収録されています。同時に二人の架空の高校生が、その夢をかなえるために私の所にアドバイスを求めに来るというお話も載せてあります。

私はこの本の中で、夢をかなえるツールとして、「タイムライン」と「アファメーション」を挙げています。今日お話ししたことも、私の過去のタイムラインで起きたことをお伝えしたわけです。そういう意味では、私はしょっちゅう私のタイムラインを行き来しています。みなさんも、ぜひ一度はご自分の過去のタイムラインを歩いてみて、人生の棚卸しをしていただきたいと思います。

どなたもタイムラインのスタートは、この世に生まれた日です。乳児や幼児の頃の記憶は定かではないでしょうから、若い方はまず小学校1年生ぐらいから始めてはいかがでしょうか。30歳以上の方でしたら、社会人になったところあたりから始めてもけっこうです。紙と鉛筆を持って立ち上がってください。1年を5分ぐらいで思い返して、うまくいったこと、嬉しかったことなどを思い出し、なぜそんなことが起こったのかも加えて、紙に書いていきます。1年終わったら、1歩進んでまた次の1年を5分で書くという具合で、現在まで歩いてきます。

私は去年の3月まで、3年の任期で福島大学附属中学校の校長も兼務していました。そんな中で、必ず7月15日に中学3年生160名を体育館に集めて、この過去のタイムラインを小学校1年から中学3年まで歩くというワークを全員にやってもらいました。彼らですと9年間を45分で歩けるわけです。良かったこととかうまくいったことを書かせていると、4年生か5年生ぐらいからみんな顔がほころんでくるんです。このワークによって、これまで問題を解決させてきた自分のリソースや長所に気づくことができます。

過去のタイムラインを歩いて、自分の長所に気づけたら、今度は夢や目標がかなう未来の日まで一気に飛びます。中学3年生でしたら、来年の3月15日にある県立高校入試の発表の日にとびなさいと言います。詳しくは本を読んでいただきたいのですが、前方に未来のタイムラインが伸びており、背中側には過去のタイムラインが伸びていて、その上に自分の歴史が乗っていると想像するのです。

夢や目標がかなうとは、「結果の目標」が達成されるということです。夢がかなう目標の日に飛んだ後は、目を閉じます。そして中学生たちには、「来年の3月15日に何が起こってほしいのかな。そこで起こってほしいことをイメージして、その時の気持ちや仕草や表情まで想像して、その様子をありありと紙に書きなさい」と言います。これも5分もあれば十分です。

続いて、未来から現在に向かってタイムラインを逆に歩いて、「結果の目標」を達成するためには、そのつど何をすればいいのか、つまり「経過の目標」を書いていくワークに入ります。ここまでで目標の設定は終了です。

ラニー・バッシャムの理論

今度は、この「結果の目標」と「経過の目標」を確実に達成するためのツールであるアファメーションを作るワークに入ります。本の中には、今日も会場に来られているバスケットの萩原美樹子さんのアファメーションシートが例としてのっています。A4の紙に、第一段落が「結果の目標」、第二段落が「目標達成の目的(価値)」、第三段落が「経過の目標(達成の方法)」、第四段落が第一段落と同じ「結果の目標」となります。

このアファメーションというテクニックを私が初めて知ったのも、これまた駒澤大学野球部にメンタルトレーニングを指導し始めた1988年の夏のことでした。その夏のある日、私はお茶の水にある「兵林舘」という銃砲店を訪ねていました。射撃の経験がない私が、鉄砲を買う目的で訪れたわけではもちろんありません。そのお店で、『ラニー・バッシャムのメンタルマネジメント』という全3巻のビデオを買うことができるという情報を得たからです。

ラニー・バッシャムは、ライフル射撃のオリンピックチャンピオンです。彼は1976年のモントリオールオリンピックで金メダルを獲得するのですが、その4年前のミュンヘンオリンピック(1972年)では銀メダルでした。

バッシャムは、全米選手権などでなかなか優勝できずに、いつも2位に甘んじる選手でした。オリンピック初出場となるミュンヘンでも、金メダルを目指して猛練習を積み、それなりの手応えをもって本番に臨んだのですが、銀メダルに留まりました。

そして、オリンピックという初の大舞台でプレッシャーにつぶされ惨敗したバッシャムの胸に、アメリカに帰ってから猛烈な悔しさがあふれてきたそうです。銀メダルに終わった原因が、自分の心にあることを突き止めたバッシャムは、次の行動に出ます。翌1973年には、アメリカ中の心理学者を訪ねて回りました。それはちょうど、私がメンタルトレーニングを始めた時期とも重なっています。

しかし、バッシャムの期待とは裏腹に、1年間の心理学者詣ではほとんど徒労に終わることになってしまいました。今から35年以上前には、オリンピックの銀メダリストを金メダリストにしてくれるアドバイスができる人は、アメリカといえどもいなかったというわけです。

どうしたものかと思い悩んだバッシャムは、次の行動に出ます。1974年になると彼は、自分の専門のライフル射撃だけではなく、アメリカがこれまで生んだいろいろな種目のオリンピックチャンピオンたちに、金メダルを取れた秘訣を聞いて回るということをし始めたのです。この選択によって、バッシャムは金メダルへの道を拓くことになります。  そうやって1年がかりでチャンピオンになる秘訣を聞き出したバッシャムは、そこに共通する10の項目を見出し、独自のメンタルマネジメント理論としてまとめあげました。もちろん、それは理論書を書くためではありません。モントリオールオリンピックで、自ら金メダルを取るためだったのです。

当時(1988年)、世界各国のメンタルトレーニングに関する情報を集めていた私のアンテナに、ちょっとした偶然で日本ライフル射撃協会からラニー・バッシャムのメンタルマネジメントの講演録が出されているという情報が引っかかってきました。東京、渋谷にある岸記念館内の日本ライフル射撃協会でその本を購入した私は、さらにバッシャムの本とビデオが発売されているということを知ったのです。そこでその本とビデオを買いに行った先が、お茶の水にある銃砲店だったのです。

突然、訪ねていった私にていねいに応対してくれたのが、当時のそのお店の社長であり、またバッシャムの本とビデオの翻訳者でもあった藤井優さんでした。この時から、藤井さんとはもう25年余りのお付き合いが続いています。藤井さんは、ご自分でもライフル射撃の日本チャンピオンにもなったことがあり、さらに後には、シドニーとアテネの両オリンピックで、日本のライフル射撃チームの監督も務めるようになる人だったのです。(2008年からは、日本ライフル射撃協会副会長)。

本とビデオを買って、ひとしきり藤井さんと話をしていると、秋にバッシャムを呼んで、メンタルマネジメントのセミナーをやるので参加してはどうかと言っていただきました。こうして私は、バッシャムのメンタルマネジメント理論を直接、彼から勉強することができたのでした。

彼のメンタルマネジメント10の原則のうち、5つ目と6つ目がセルフイメージについての原則でした。簡単に言えば、「成績の大きさは自信の大きさに比例し、その自信の大きさはセルフイメージの大きさに比例する」、つまりセルフイメージの大きさがすべてを決めるという原則です。そしてその大切なセルフイメージの大きさを決めるのは、他人からの言葉かけが半分、自分で自分にかける言葉が半分というものでした。そこで彼は、セルフイメージを拡大する技法として、目標と達成方法を紙に書いて声に出して読むという「アファメーション」という方法を教えてくれたのです。

その効果は絶大でした。その年から指導を始めていた白井君にもやってもらいましたが、彼はこの方法で翌年、守備の無失策日本記録を樹立しました。萩原美樹子さんも、アトランタオリンピックのアジア予選を4ヶ月後に控えて、すっかり自信を失い、引退も考えながら私の所にやってきたのが、1995年の3月でした。それが、この手法によってアジア予選で素晴らしい活躍をして、日本の20年ぶりのオリンピック行きの立役者となったのです。

萩原さんがそういう風に大変身をしてくれたおかげで、後に私はアトランタオリンピック女子バスケットチームのメンタルコーチとなり、初めてオリンピックに行くことになりました。選手としてはかなわなかったオリンピックの舞台を、コーチとして経験することになったのです。つまり、小学校6年生の時に掲げた二つの夢が、ある意味二つともかなったのです。  昨日、2020年の東京のオリンピックが決まった時に、フェンシングの太田くんが「子どもたちに夢を届けることができたのが嬉しい」と言っていましたが、私もそうだったように、オリンピックにはそういう力があると思っています。

最後になりますが、安倍首相が問題視されていた原発の汚染水問題について、「完全にコントロールされている」と断固とした口調で言われたのは、招致のプレゼンテーションとしては大変効果的だったと思います。ただ、「東京は完全に安全です」と言われたのは、私のように福島に住む人間にとっては、ちょっと忘れ去られているようで寂しい気がしました。汚染水処理も原発問題の処理も、もはや国際公約となったわけですから、ぜひ早急に対策を打っていただきたいと思います。この会場にいらっしゃるみなさんも、ぜひこのことは共有していただき、変わらぬご支援を福島にいただければと思っております。どうもご清聴ありがとうございました。

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